なぜ一部の科学者がねつ造に走るのか | 博士号取得大作戦! -presented by Mika-

なぜ一部の科学者がねつ造に走るのか

話は簡単だ。ねつ造しなければ、おまんまの食い上げになるからだ。
「科学者の倫理感を育てよう」という動きがあるが、それが効くのは早稲田の「お金は有り余ってたけど、勉強が足りませんでした」松本教授くらいだろう。仮にプログラムが開始されて倫理教育が徹底されても、「業績がないと即失業」という状況がなくならない限り、ねつ造は決してなくならないと私は考える。


「業績がないと即失業」とはどういうことなのか。まずは科学者の職、キャリアはどのように進んでいくかを示したい。科学界が想定している典型的な科学者は、通常27歳で大学院を修了・博士号を取得し、その後はポスドクと呼ばれる任期制の職を渡りあるき、適当なところで終身雇用の職を得る。
適当なところというのは人によってかなりまちまちで、30代後半で教授になる人もいれば、40過ぎても終身雇用になれず、ポスドクのままの人もいる。


ポスドクとは何か。念のため簡単に説明すると、ポスドクとはいわば「一年契約、数年満期の契約社員」のことだ。「博士号持っているのに、40過ぎても契約社員?!」なんて驚く人もいるかもしれないが、現実に終身雇用の職を得られないままポスドクを繰り返している人は、そこらじゅうにごろごろいる。これが、科学界の現状だ。


さて、ここでちょっとイヤな想像をしてみよう。仮に、35歳を過ぎたある男性ポスドクがいたとする。彼は残念ながら頭脳の出来が他の研究者より劣っていて、本人もそれを自覚し始めたと仮定する。
彼にはすでに妻子がいて、生活を支えなければならない状況だ。ポスドクの任期は今年いっぱいで切れ、今所属しているグループには次の大型予算が下りなかったので、新たに職探しをしなければならない。科学界はどんどん業績主義に傾いていて、次の職を得るためにはどうしても論文が必要である。なのに今年は実験がうまくいかず、ちゃんとした論文が出せそうにない。ポスドクの職は歳を取るほど厳しくなるし、助教授・教授に応募するには業績が足りない。もし次の職が得られなければ、妻子ともども路頭に迷ってしまうかもしれない。


この崖っぷちポスドク男性を、あなただと仮定しよう。もしあなたが博士号を持てるくらいの能力はあって、それなのにこのような危機的状況に陥っているとしたら、果たしてどんな選択肢が浮かぶだろうか。


「食べるために、仕方なく緊急避難的な行動に出る」選択肢が浮かばなかっただろうか。


もちろんここで「いやいや、それだけは絶対にダメだ。他の選択肢を探そう」と思えればいいのかもしれない。しかし、人間は危機的状況に追い込まれると、倫理観なんて吹っ飛ぶ。倫理なんて守っている場合じゃないし、そんなことよりまずは今を生きのびること、今のごはんを手に入れることの方がよっぽど大事に思えてしまう。刑法だって、「緊急避難」のケースでは殺人すら罪に問わない、というか問えない。危機的状況で人は倫理的には動けないし、それはもうどうしようもないことなのだ。


私は極端なケースを話しているのではない。この日本の中に、本当に次の職が得られないまま無職に追い込まれる博士号所持者が存在するのだ。無職までは行ってなくても、次の職が得られるかどうか冷や汗をかきながら研究をしているポスドクはたくさんいる。業績主義・人材の流動化をかかげて、終身雇用の職はどんどん減っている。ポスドク本人は口に出さないかもしれないが、研究がうまくいかなければ無職になるというプレッシャーは、相当なものだ。


もう一度、今度は私自身が想像してみよう。もし、私が上記ポスドクのケースでありながらもう少し頭が回ると仮定したら、どうするだろうか。追いつめられる前にちょくちょくガス抜きをしておくことを思いつくかもしれない。どういうことか。正攻法では勝負にならないと悟った時点でマジメ一辺倒の方針を転換し、来年の職がなくなるという状況に陥る前に、あらかじめ業績をうまく整えておくのである。幸いなことに(?)今の科学世界は、論文のデータそのものを疑う仕組みにはなっていない。それを知った上で日頃からうまく(?)やれば、うまくすれば誰にもバレずにトントン拍子に出世でき、悪くても職にはあぶれなさそうだ。……なんて、そんな酷いケースも想像できてしまう。


「競争的原理がすべてをうまく動かす」という世間の風潮に、私は大反対だ。この理論は、「人間はどんな状況下でも、あくまでも倫理的に行動する動物である」という、全く間違った大前提の元に成り立っている気がしてならない。もちろん、研究者全体に改めて倫理教育を行うことは無駄ではないし、必要な動きだと思う。しかし、倫理教育が行き渡ったからといって不正行為が一切なくなるとは思えない。追いつめられた全員が不正行為をするとも思わないが(一部は自分を責めてうつ状態になるのかもしれない)、不正行為はあくまでも、追いつめられた人が取らざるを得ない選択肢の一つであり、追いつめられた人がいる限り、ある確率で必ず起きるものだと私は考えている。


じゃーどうすればいいのかって? ……私は、なにかと非難の対象だった「人生のゴールにたどり着いたとばかりに、研究をほぼ放棄した大学教授」を増やす方向に行くのがいいと思うナァ。職さえ安定していれば、倫理的には問題なく落ち着いていられると思うし。それくらいのオイシイ思いがなかったら、誰が好きこのんで博士課程に行くもんですか。……いや、私は好きこのんで行ってるんだけどサ。

博士号って、本当に魅力的ですねェ。どうしてだろ。


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参考記事

学術会議が「科学者の行動規範について」声明採択 (サイエンスポータルデイリーニュース、10月3日参照)

http://scienceportal.jp/news/daily/0610.html

報告書は結構面白いこと書いてあるので、特に学生のみなさんはぜひ一度読んでみてくださいませ。勉強になるよ。