仲間はずれと不正データ
とある方のブログを読んで、思い出したことがある。
そういえば私も、修士の頃は
直接の指導者(博士持ちの研究者で研究グループの主催者、仮に”タヌキ”とする)から激しく仲間はずれにされてたよ。
気づいた時には、タヌキ主催の研究グループの飲み会には、一切声を掛けられなくなってた。
他の学生には許されていたいくつかのことも、私だけはダメだったりした。
理由はよくわからなかった。
私はバカ正直だから、
研究にもバカ正直でありたいと思っていたことが原因だったのかもしれない。
当時の私は、研究世界は100%善意でできた正直な世界だと思っていたし、ヘンだと思ったらバカ正直に色々つっこむのが良いことだと信じて、疑っていなかったから。
例えば、タヌキが、
研究に関するデータを自分の解釈に都合良くねじ曲げたり、
数回の実験の中で一番いい結果、
すなわち自分の予想に一番近い結果だけを
「チャンピオンデータ」と称して
それだけを発表させようとした時。
いつも私だけ、「それでいいんですか?」と抵抗していた。
(でも結局はチャンピオンデータで発表してしまう私。
研究について、ろくに分かっていなかった。)
例えば、学会のポスター発表で
実際に手を動かして実験したポスドクの女性(修士卒)の名前が載らず、その研究に関する実験は全くしていない男性のポスドク(修士卒)の名前で発表することになった時。
人ごとなのにどうしても許せず、
「どうしてなんですか?」とタヌキに詰め寄った。
(結局納得できる答えは得られず、発表は男性ポスドクがした)
また、私はよく研究所内の有名な先生方や、定年間際の技術者の方々、別の研究室の研究者の方々と、
ひんぱんに楽しくお酒を飲みに行っていた。
もしかしたら、他の研究者たちと密に関係していたのが
仲間はずれの原因だったのかもしれない。
理由はともあれ、同じグループ内で実験しているのに
飲み会に全く誘われないのは、本当に辛かった。
全く理屈の通らない理由で実験を制限されたりするのも、本当に辛かった。
それが原因かどうかは知らないが、最終的には修士2年時に鬱を発症。
どうにか修士論文は書いたものの、
心身共に疲れ果てた状態で大学院を修了することになってしまった。
でもね、今になってみると、
あんなちっぽけな世界のグループに
無理して溶け込もうとする必要なんてなかったと思う。
あのグループの人は、タヌキを含めてみんな、
ちっぽけなグループの中での
自分の立ち位置を確保することだけに必死で、
いい研究を遂行することなんて二の次だったし、そうする余裕すらなかった。
そんなグループに入れてもらえなくても、何も問題なかったのだ。
(でも当時の私は不安で仕方なくて、他の人が飲み会から帰ってくるのを見るたびに、とても嫌な気持ちになっていた)
そう。タヌキに雇われた、グループの人たちは皆、
研究内容よりもまず、タヌキのご機嫌を取るのに必死だった。
タヌキに握られている雇用は単年度契約。雇用をまた来年も確保するためには、研究生活で起きた多少の理不尽な出来事にも耐えるしかなかった。
グループの人たちは皆「ポスドク」という名目で雇われていたが、誰ひとりとして博士号所持者はいなかった。博士号を持っていないということは、研究を一人で完結するスキルがないということ。一人では研究を完成させられず、論文も書けず、予算を獲得するスキルもないのだから、ここで首を切られたら行くところがないのだ。
タヌキにされた理不尽な要求、イヤなことや辛いことに対してできるのは、グループ内で愚痴を言い合うことだけ。タヌキのいる前ではタヌキのご機嫌をとり、いなくなったら愚痴を言う毎日。
そうして自分たちだけでちっぽけなグループを作り、
身を寄せ合ってちぢこまっていた。
(なぜか雇用には関係ない学生たちも、自らそういう状態に身を置いていた。来ていた学生は、出身研究室から逃げ出してきたも同然の人か、または何も気にしない人か、どちらかだった)
タヌキからは、都合の悪いことは一切上の人(タヌキの上司、仮に”悪代官”とする)には言わないように指示されていたため、「実験が悪代官の示す理屈通りには進んでいない」ことはみな黙っていた。
悪代官に対する実験報告会はひんぱんに開かれていたが、会の開催前には必ずタヌキから事前招集がかかり、「今回はどの実験データをどのように見せるか」話し合いが持たれていた。一見うまくいっていそうに見える実験データだけを意図的に選び出し、悪代官にはそれだけを報告していた。
(私は、一応会には出席していたものの、いざ報告会で発表の場にたって悪代官につっこまれると「この実験は実は再現性がとれていません」「結果が理屈に合わないので検討中です」などと本当のことをぺらぺらと暴露してしまっていた。バカ正直すぎて、タヌキの気に障ったことだろう)
こんな風に、グループの人に対して妙なプレッシャーを常に与えていたタヌキ自身も、今思えばちょっぴり気の毒だ。
タヌキの雇用を握っていたのは悪代官だったが、
悪代官はどこに行っても「あ~、あの人ね」と後ろ指さされる、
研究所内はもちろん、研究世界でも悪い方にかなり有名な人物だったのだ。
かなりヤバい不正を何度も繰り返している人物の下に、知らずに外部からアプローチし、うっかり着任してしまったタヌキは、
自分の雇用を確保し、自分の家族を守るために、
ただ一生懸命だったのかもしれない。
着任直後の希望に満ちあふれたタヌキの表情、
ずば抜けた頭の良さ、アイデアの豊富さを、ふと思い出す。
グループの所属している研究所は広くて、自由だったのに。
顔を上げればすぐ側に自由な研究の世界が広がっていて、望みさえすればすぐにでも飛び込める環境だったのに。
皆、今ある自分の居場所を守るのに必死で、周りに目を配る余裕がなかったんだ、きっと。
(私だってそうだ。グループ以外にもいろんな研究者とのつきあいがあって、望めばそちらに逃げることもできたのに、逃げ出さなかった。自分に自信がなくて、逃げられなかったんだ)
「でも、どういう事情があるにせよ、
人を仲間はずれにしたり、
実験データに作為を加えたりするのは、人としてダメでしょ。
特に実験に関しては、どんな時でも正面から取り組むのが
研究者の基本姿勢でしょう?」
そんなことは分かってる、分かってるよ。
でも、あの状況は確かに異常だった。
雇用を握っている人間が狂っているだけで、みんなが狂っていく。
和やかな人間関係の中で研究するのがいかに大切なことか。
異常に緊張した人間関係が不正を呼ぶ構図を、かいま見たような気がした。
話がとりとめなくなってしまったが、教訓は2つ。
・自分の思考のまともさを信じ、ヘンだと思うところからはさっさと逃げるべし。
・人は弱い。追いつめられた状態では、実験データに手を入れるのくらいどうとも思わなくなる。
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タヌキには修士卒業後もさんざん酷い目に遭わされたので、
街で会ってもあいさつなんてしてやらないのだが、
(そしたらタヌキは悪代官の秘書さんに、
「未果さんが俺のことを無視する」と言って相談したらしいよ!
どんだけ厚顔なんですかあんたわ。)
タヌキが論文不正に関与するようになったら、
傷が浅いうちに、早めにタレ込もうと思います。
(今はまだ、論文を書く能力がないようなので、大丈夫そうかな)